こどもちゃれんじぷち留年 3歳3カ月

3歳3ヶ月となった。

特別児童扶養手当というものがある。これは、障害のある子を持つ親に支給される手当だが金額はどの児童の程度による。

ここがまた問題なのだが、療育手帳をもらい障害の程度が医師によって判断されれば支給されるものではない。

改めて市役所に「特別児童扶養手当が欲しいので手続きをしたい」と伝えて、資料の作成と医師の判断をもらわないといけない。

そもそも、療育手帳をもらって障害の判定もらった時点でノンストップで、特別児童扶養手当の手続きも自動的にやってくれればいいと思うが、お金が支払われるということで、この煩雑な手続きを取らされることについて、何か闇を感じてしまった。

療育手帳と同じく市役所の課をたらい回しされる。共働きだと大変でしたがこれまた大変な幸運なことに力強い妻が多大な負担を背をって手続きをしてくれた。感謝の言葉しかないです。

色々と探したがやっと市内の病院に診てくれるところがあった。

障害を判定しくれる医師だが、色々と調べてそもそも3歳ぐらいだと知的障害だと判定をしてくれる医師が少ない。3歳ぐらいだとまだ判断が難しいようだ。

そして何度か病院に行くことやっと診断をもらった。この時医師からは保育園よりも療育機関を利用した方がいいかもしれない。睡眠障害に関しては薬を使うことも考えた方がいいとアドバイスをもらった。

生活面はというと、例えば混んでいる滑り台とかは並ぶことはもちろんできないので、どんどん割り込んでいく。たまに大人が憤慨して「ダメだよ僕、ちゃんと並ばないと」と叱ってくれるがそんなことでいう事を聞くわけがない。こういう時に姉が一緒に遊んでくれると体で支えながら「だめよ。並んで」と教えてくれる。

姉がいない時は悲惨なことになるが。

そのほか体も成長してきて少し高いところにあるものに手が伸びるようになってきて危険がますます増えていった。高い所から降りるのは相変わらず好きで、これもいくら叱ってもダメ。睡眠障害もまだまだ全然改善されることなく、親のメンタルとフィジカルが削られていく。

食事が終わると、姉の食べ物を欲しがって手を叩く。この手を叩くは、初めは頂戴して意味していて左右の手のひら向けて添えるうような仕草を意図していたが、添える動作が叩く動作に変わり、いつの間にか手を叩くことが頂戴を意味していた。

言葉は消えたのですが、色々とできることもあって「スリーパーを脱いで」というと脱いでくれたりします。スリーパーは、寝間着の上に来ている長いベストのようなもので、夜中に動きまわるので毛布の代わりとして着させてます。

相変わらずの睡眠障害で、2時から4時の間に起きてそのまま朝を迎えることがあります。暖房を付けたり色々とやってますが、「これだ!」という解決方法はなくただただ耐えるだけです。

暗くなった天井にプロジェクターで写す小さいホームシアターがプレゼントされたので早速使いました。音楽とともに、映像がゆっくり動くものです。またカセット式で中身を変更することもできます。

早速使ってみると怖かったのか、布団をかぶり逃げてしまいました。本来の使われ方じゃないですがとりあえず、作戦成功です。

しかし、数日で慣れてしまいました。

3歳児検診の案内が来ましたが、上の子で検診内容は知ってるのでその内容が到底できるとは考えられないし、待ち時間を待ってることすらできないと判断したので、相談して行くのを断念しました。

こどもちゃれんじぷち留年 3歳2カ月

3歳2ヶ月となった。

コロナ禍というが、もう人々の中ではそろそろ「これどうでも良くない?」って感じる人が多いような気がしてきた。

一体コロナとは何だっただろうか。まだ、コロナの話があまり話題になっていない去年の12月ごろだったろうか。ラジオで中国で謎の肺炎が流行ってるとニュースにあって何かが始まるのかと思っていたがまさかこんなにも世の中全体が「コロナ、コロナ」になるとは想像につかなかった。

そこで登場したマスク警察なるものがいる。マスクをしてない人に注意する人のことだが、世の中には理由があってマスク出来ない人もいる。そこを理解しないで注意するの迷惑がられているのだが、「下半身がムズムズするから下着を履けない」と言って全裸で過ごすのとは違い、マスクの着用が後からできたルールって事。
逆に今度は、マスクが下着みたいに恥ずかしくて人前で外せない人まで出てきた。

もうなんだかバカらしくて、そもそもコロナで死ぬのは免疫力が弱った人からで、すこし時間が早まっただけでそもそも人間は死ぬのでそこまで大騒ぎする必要なのじゃないのかなと心の中で思ったりしたが、多分自分が免疫力が弱った方になったら必死で抗うのかなと思ったりもする。

あとやっぱり、日本は高齢者社会なのでこういう状況だと高齢者よりの政策になっていくのかと。これが今後も加速していって、東池袋自動車暴走死傷事故のように高齢者が幼い子の命を奪ってしまうようなニュースが増えて言って、世代間の隔絶が増えていくのかなと予想される。

さて、そのコロナ禍にも負けず我が家はアクティブに行動というか、やっと少し外出することに世間の目が優しくなった。

上の子が東京タワーに行ってみたいというので行きました。東京タワーの観光後に増上寺に行ったのですが、その途中で通る人が皆我が家の特に下の子をジロジロみてくるのです。

実を言うと、障害のある下の子ですがどこに行っても「イケメン」と褒められるぐらいのイケメンなのですが、やっぱり都会人にはそういうのに敏感なようだ。

それを気付いてない妻と上の子はそそくさと先を歩いてるが、別の所に興味が行ってしまって中々進まないの子の手を引っ張るようにして歩いていた。

あまりにも注目されるので、「やっぱりイケメンだよなぁ」と振り返ると、中々足が進まな理由がわかった。なんと、オムツがおしっこの重みで垂れ下がり、あろうことが息子の息子が顕になって右に左に揺れていた。(すいません、誇張してますね。揺れるほど大きくないです)

しかし、大声で先をいく妻に「オムツが脱げてる」なんて、港区の閑静でお寺の聖域で大声で言うわけにもいかず、オムツを脱がすとそのまま抱っこして走った。

そして妻のところへ行き、すぐに新しいオムツを履かせた。

そんな訳で増上寺の観光はさっさと済ませて、浜松町から電車で帰ることにした。帰りの何かお昼を食べようと探していたら、ちょうど浜松町の駅にデニーズがあることが判明してデニーズに行くとにしたが、さすが都会の中のファミレス。めちゃくちゃ混んでました。

しかし大きい発見が。その横に文化放送(冒頭で記載したコロナの情報も文化放送の朝のおはよう寺ちゃんから情報を得た)があってその突き当たりに、電車が上から見える最高のスポットがあった。

山手線はもちろん、東海道線、京浜東北線、さらに東海道新幹線も通るし、遠くにはモノレールも見える最高のスポットだった。

普段は待てない下の子はここで待たせて、順番と料理が運ばれた段階で食事となった。

生活面での変化としては、睡眠障害が再び出始めた。ほぼ毎日、夜中、早朝に起きて徘徊、大泣きをして30分から2時間程度、早朝だとそのまま起きたまま保育園に行き、行きの車の中で熟睡。

起きてる時に徘徊、寝室の電気をつける、音のなるおもちゃをひたすら流し続ける、何かを要求してるのか親の腕を引っ張り大泣きしてる。毎日これが続くと流石にフィジカル面でのダメージも大きい。仕事もほとんど何もできないという日が続き、さらにメンタルを悪くするが、うつ病になってる時間もない。

何かを犠牲にしているとは分かりつつも負のスパイラルに一度入るとそこから抜け出すには相当のエネルギーが必要だが、静養してる時間もないのでただただ耐えるだけ。

睡眠障害以外にも、机の乗ることを覚えたり異食(落ちてるものでもなんでも口の中に入れる子)をが再会された。「注意すればいいじゃない」って思うかもしれないが、注意して直ってくれればそれほど簡単なことはなく、注意してる目の前で机の上に乗ったり異食をし、力づくで止めればパニックを起こす。

パニックを起こすと、30分か1時間ぐらいは大泣きして机の上にあるものを手当たり次第落としたりとすごい状態になる。

一人で抱えていたら、自殺か宗教の二択しかない状況だったが、感謝の言葉しかないが我が家の妻が多大なる負担を背負ってなんとか支えてくれた。